Tagebuch von Zukki

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【日独比較】戦前の「余暇」の価値観について

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かつて余暇というものは富裕層のための存在でした。労働者階級の人々は最小限の休みを与えられ、それを除いては馬車馬のように働かされていました。

近年になってようやく休むことの重要性について考えられるようになってきましたが、ドイツではいったいどのようにして余暇が労働者階級の人々に手が届くようになったのか。その頃日本ではどう考えていたのか。などといったことを記していこうと思います。

 

 

 

ドイツでの余暇の大衆化はナチス政権下だった

KdFの誕生

1933年、ドイツで「Kraft durch Freude(喜びを通じて力を!)」(略称:KdF)という組織がナチス政権によって誕生しました。その組織の目的は国民の余暇の充実

音楽コンサートやパッケージツアー、リゾート地やクルーズ船での保養などといった、従来は労働者階級の手の届かなかったレジャー活動を普及させました。

 

大衆車の開発

ヒトラーは政権獲得後、国民車構想を発表していました。それに基づいて安価な自動車が設計させ、1938年には量産型のプロトタイプが完成しました。

KdFは大衆車購入のための積立制度も設けましたが、翌1939年、戦争に突入したため実際に納車されることはなかったようです。終戦後、新たに創設されたフォルクスワーゲン社は納車されなかった人に対して代わりに納車するというプロジェクトを行いました。

 

海外への発信

1936年、ハンブルクにおいて「世界厚生会議」を実施し、生産性向上には労働者に休暇を与えることが重要だとアピールしたことで、労働者の休暇について世界から注目を集めました。

 

その頃日本では

とりあえず導入してみた

世界厚生会議から2年経って1938年、KdFの真似をする形で「日本厚生協会」をひとまず設立します。

日本ではどのように活動していたのでしょうか。

 

実態は…

ドイツでは飴と鞭をうまく使い分けていましたが、日本ではやはり精神論が蔓延っていたため「鞭と鞭」状態になっていたようです。

休暇の間に身体を休めるのではなく、少しでも身体能力を高めて一人当たりの馬力を高めるべく身体を鍛えるような活動が中心だったとか。もはや何のために導入したのかわかりません。

 

結び

現代の日本でも、仕事のための勉強をするなどで休日が拘束されているように思いますが、これには今一つ賛同しかねます(社会に出たことのない一学生が言うのも何ですが)。明らかに他者との競争にとらわれており、「生きるために働く」ではなく「働くために生きる」と化してしまっているように見えて仕方がないのです。

やはり平日はしっかり働き、休日はとことん休むというスタイルで健康で文化的な生活を送るべきだと思います。

 

「人間が働ける限界が1日あたり8時間」ということで制定された労基法ですが、いつから「最低8時間は働かないといけない」になったのでしょうか。まあ、これも市場経済や競争主義の弊害なのでしょうね…。

 

参考記事・出展はこちらです。

 

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